Miguel Carlos Jarquín Marín(ミゲル・カルロス・ホアキン・マリン)

メキシコの哲学者、心理療法士、臨床心理学博士、教育学者、ゲシュタルト療法家。2018年メキシコシティで行われたAMPG主催の “Figuras y Fondos(図と地)2018” において、実存主義をベースにした講演を行う。

[ ゲシュタルト療法における実存主義 ](抄訳)
 本大会では、「’nosotros( 私たち)’ は、我と汝を咲かせる母体である」という原則を提示します。そのことで、治療の方法論から切り離します。つまり、気づきをもって相手に近づき、人の無条件の尊厳を尊重し、良心を豊かにし、あなたの限界を広げ、存在へのコミットメントを固めるように促します。そして、人生のよい面を信じ、私たちの秘めた力が生き生きと発揮されてゆくといった希望に翼を与え、私たちの愛の秩序に照らされて「未知な」ことにも命が吹き込まれてゆくでしょう。
 ワークショップでは、参加者が自らの人生に気づき、更に気づきを深め、新たなプロセスを切り開くきっかけになればと考えています。そして、より開かれた世界、お互い、相手、自分自身を理解し、“今ここ”において、あなたと共にわたし(私たち)が存在する道を見つけてゆき
ましょう。


森崎雅好( もりさき まさよし)

高野山大学准教授。臨床心理士。高野山真言宗僧侶。主に自殺防止活動と遺族支援活動を通じてより良き“いのちのケア”の在り方を模索している。著書に『はじめての「密教的生き方」入門』(セルバ出版,2015)

【高野山大学】http://www.koyasan-u.ac.jp/

[ 密教と心理療法の隣接と実践 ]
 臨床心理学を学び、現場に出てから数年が経過した頃、私自身の在り様への疑問と臨床の現場で出遭う方々の苦悩に直面して愕然とする時がありました。私は「人間の心の理(ことわり)」については初学者とはいえ、学んできたつもりでしたが、人生に起こる不条理な出来事への対峙の仕方については、全くの無知であったことに気づきました。そして、恥ずかしさのあまり高野山にきました。
 私たちには心と体がありますが、その心と体を動かしめている「いのち」がなくては生きてはいけません。真言密教はこの「いのち」の理(ことわり)についてみつめていく智慧の宝庫です。この学びを臨床現場でどのように活かすか、が今の私の課題です。皆様とご一緒に考えていきたく思います。


東畑開人( とうはた かいと)

専門は臨床心理学・精神分析・医療人類学。沖縄の精神科クリニックでの勤務後、現在 十文字学園女子大学准教授。「白金高輪カウンセリングルーム」開業。教育学博士・臨床心理士。著書に『野の医者は笑う―心の治療とは何か』(誠信書房2015)等

【白金高輪カウンセリングルーム】http://stc-room.jp/

[ 文化人類学と心理療法 ]
 この一年、様々な領域の学者と議論をする機会を得ました。人類学者、宗教学者、社会学者、経営学者、教育学者などなど。近年、心理療法は専門化を遂げて、それは良きことなのですが、学際交流は減ってきたように思います。しかし、その知は本来、様々な分野とクロスオーバーするものです。というのも、それは人が「生きる」ことに関わるからです。
 今年の学会は高野山で行われます。そこは古より学知の集積所であった場所です。そのような場所で、心理療法というものをより広い文脈から考え直し、語り直すことができればと思っております。宗教と心理療法は何が同じで、何が違うのか。そういうことを考えるのに、絶好のトポスではないか、と思っています。


小木戸 利光 (こきど としみつ )

俳優、Theatre for Peace and Conflict Resolution代表。国内外の教育機関・企業にて芸術表現・ボディワーク・演劇を用いた教育実践、芸術療法としてのシアターワークを施す。主な出演作にNHK「あんとき、」主演、TBS「報道特集」密着ドキュメンタリー等

【TPCR 小木戸利光 – Toshimitsu Kokido CV 】https://toshimitsukokido.com/

[ 身体表現と心理療法の可能性 ]
 人生のある時期、思いがけず、この心と身体の深奥が蠢きはじめた。身体を動かしたいというよりは、自ずと動いてくるというありようで、この命はつぎつぎと流動的に動作を欲していった。この命には、望んでいる方向、向かいたい方向がある。そうして感じるままに赴くままに大胆に身を捧げてゆくと、やがて自らの身体から舞いや踊りが噴出するように生まれてきて、それらは芸術表現となっていった。
 そして、それから、はたと気がつくのだった。この芸術は、神事や祭事や演劇のなかで往時から祖先たちが祈るようにして捧げてきた切なる舞踊そのものではないか。古くからわれわれが自然や世界との大いなる関係性・調和性を尊ぶようにして行ってきた創造的実践ではないか。原風景との邂逅。こうして、私のシアターワークは生まれてきた。